株式会社平成建設
代表取締役 秋元久雄氏
本社:静岡県沼津市、設立:平成元年、資本金9千万円、年商100億円、従業員数360名(工務80名、大工80名、施工監理60名、営業50名、設計40名、CG11名、システム開発4名、総務経理等15名)、売上の100%が民間特命受注
電話(055)962-1000
http://www.heiseikensetu.co.jp
建築業界では、営業・施工管理以外の工程を外注するのが一般的である。お客様の要望や疑問を現場のスタッフに尋ねても、現場にいるのは委託された別の会社の社員。即座に回答を得られなければ、お客様の不安や不満は増大する。さらに、外注化では、一つ一つの工程が完了後、次の工程に進むため、すべての情報がオーバーラップすることがなく、次のようなデメリットが発生する。
- 情報のフィードバックがない
- 外注先の利益流出
- 社内ノウハウが蓄積されない
- コミュニケーションギャップの発生
- 情報漏洩の可能性
- 外注先の管理コストの発生
この、建築業界では当たり前になっているシステムを変え、お客様の満足度を向上させるため、当社では、建築に関わる主要プロセスを自社で行う(=内製化)体制を構築した。これにより、各プロセス内において、業務がオーバーラップし、それぞれの業務が密接に連携することによって、無理や無駄を減らし、また、すべてのプロセスにおける情報のフィードバックをリアルタイムに行うことで、さらなる業務の効率化、良質なサービスの提供を可能にする。内製化により、社内に蓄積するノウハウ、技術力をもとに、良質な建物、さらなるサービスの向上、安心できるアフターメンテナンスをお客様に提供することが可能となる。
当社を訪問した際、驚いたのが、普通の工務店や建設会社には見かけない、工事枠組材の搬入、搬出作業、RC構造建築に使用する鋼材のカッティング作業、さらに木材のプレカット作業の風景である。この「枠組」は、通常は四回くらいしか再利用できないが、当社では数十回利用可能。そのための特別な設計施工を施しているとのこと。足場や枠組は汚れをきれいに落として可能な限り再利用のため棚に整理して積んでいる。廃材になるのはわずかである。
秋元社長は、内製化について次のように語っている。
「建設業は分業の仕組みが普通だが、分業するためには作業を単純化、標準化してきた。そのため、優秀な人材は単純な仕事はすぐに飽きてしまい、他へ行ってしまう。だから、優秀な社員が残らなくなり、集まらなくなる。大工はもともと、設計から構造計算から、実際の施工まですべて一人でやってきた。それが、昭和五十年代以降、分業化が進んで現在に至った。建設会社が肝心な施工に関する技能を持っていないという変な現象が起きたし、いわゆる大工という「職能」がなくなってきた。自分は、本来の大工を育成して職能集団を作りたいと思って創業し、現在に至っている。」
現在、正社員大工が50名、常用大工が30名、これを支える工務が80名、計160名という、日本最大の大工の職能集団を作り上げた。さらに、現在採用している大工の多くは大卒であるという。昨年からインターシップを導入し、今年は90名の応募があり、26名を採用している。そのうちのほとんどが大工志望である。企画力そして技術力が強みとなって、当社は、公共工事はしない、特命受注しか受けない、合い見積もりになるような仕事の進め方はしない、安値受注は受けない、という営業方針を打ち立てている。
秋元社長は、40才で独立。それまで、建設会社の営業をしていた。同族会社であり、人事が同族経営陣の意向で決まり、自分の思うような仕事のやり方ができない、自分は、「お客様」を向いて仕事をしたかったので、思い通りにできないことから独立した。
建設業の仕事は、分業化が進んで、実際の仕事は、下請の大工、電気設備事業者、配管工事事業者がそれぞれ行っている。それぞれの下請は元請けの顔を見て仕事をしており、現場担当者は、施主が誰か分からない。施主が現場を見にこようものなら邪魔者扱いだ。そんな無責任な仕事の仕組みではダメだと考えていた。お客の方を向いた仕事をしたい、その考えが今の会社の根っこの部分である。だから、最初から「内製化」しかなかった。
「創業当時に、『内製化』が収益モデルとしての勝算を持っていたか。」という問いに対して、秋元社長は、「ただ、その想いだけで今まで来ただけだ。理屈抜きに『内製化』しかないという思いで、その実現に向けて今まで走ってきた。」との答えであった。
正社員大工・多能技術者の育成システム
建設業で、大工の「内製化」を実施しようとすると、次のような困難が発生する。
- 人件費の固定化、勤続年数に応じた賃金の高止まり化
- 技能スキルの陳腐化、高年齢者に対する技能更新の難しさ
- 営業職と現場職という異なる就労価値観を持った集団を共存させ、複線型の人事制度、評価制度、給与体系を作り上げることの難しさ
結論から言えば、当社は、このような困難を克服しうる社員育成システム、人事制度等を、時間をかけて完成させたのである。また、これについて、秋元社長は次のように語っている。
「大工の仕事では、常に、飽きないような工夫が必要だ。それぞれの職種毎に、六十才になればなったで、高い次元のスキルを要求する領域にチャレンジできる分野がちゃんとある。だから、飽きがこないし、会社として技能集団が階層的にかつ年齢をわきまえた構成できる。ここに至るまで、創業以来十九年かかった。そう簡単にはマネができない。当社は最初からこれをやってきたからできた。例えば、四十人いる建設会社で、大工を一人雇ったとしても、本人の処遇や能力評価はできないだろうし、給与体系も異なってくる。また、価値観が違う人間をたった一人雇ったとしても、長続きしないですぐに辞めるだろう。創業時から今のビジネスモデルはまったく変わっていない。社員十人の時から、すでに大工、工務、営業、システムといった職種をすべて内製化して進めてきた。現在、社員が四百名ほどいるが、そのまま大きくなったに過ぎない。少しずつ採用をしてきたので、無理なくここまで来ることができた。」
この内製化を行うにあたり、型枠・鳶(とび)・大工・鉄筋工・重機作業を一人でこなす多能工や設計と施工管理もできる多能技術者の育成システムを完成させてきたことがポイントだ。
徹底したIT化
当社は、システム開発に早い段階から力を入れてきた。現在SEが4名いるが、創業期にはすでに2名いた。内製化するわけだから、設計CADは当然のこと、積算、見積もり、発注、工程管理など、すべて自社開発で対応してきた。各業務工程が内製化しているから、情報連携が同じシステム内で完結するオールインワンの仕組みだ。さらに、土地活用に関するシュミレーションソフト、相続税算出ソフト、プレゼンテーション作成ソフト、事業計画書作成ソフトなど、多数のソフトがすべて自社利用で開発したものをパッケージ化して販売している。 平成12年には自社サーバを立ち上げ、HP制作から広告宣伝ツール類もすべて内製化している。
透明な業績評価制度
当社では、独自の業績評価制度を導入している。社員の業績評価は、毎年春と秋、十人の部下同僚が本人の職能レベルと業績達成について評価するようにしている。当然、評価項目は、職能レベル、職階に応じて異なる。この十名の評価を集計して、期間の評価、賞与に反映させている。また、この評価結果の集計値を本人に伝え、何が評価され、どこが課題であったか、理解、納得してもらう。伝えられた本人も、その評価には納得せざるを得ない。だから、職場環境に不満を持って辞めることは少ない。辞めるとしたら、自分がそこに馴染めないから、あるいは価値観が違うから、などはあるが、評価については、その結果は納得せざるを得ない。 また、この評価する方の人間についても、日頃、どれだけ本人を観察しているか、評価する能力を持っているかが分かるという。このような業績評価プロセスを通じて、どのような価値尺度で評価されるのかがオープンにされ、会社が求める価値規範が理解、徹底される。それにより均質な企業文化、高い組織力が実現される。
透明な人事制度
また、社内に十ある部門長(CL)は、その部門の社員全員の投票で決まる仕組みを採用している。なれ合い人事や派閥人事はあり得ない。その職場で本当に力があり、リーダーシップを発揮できる人材が選ばれる仕組みである。これほど、透明で厳しい査定はない。
「しかし、いつも満票で管理者が決まることは決して良くはない。なぜなら、管理者は部下の育成が一番の仕事であるから、投票で対抗馬が出てこないと云うことは、後継者を育成できていない証拠である。そんな管理者は評価されない。常に、自分の次の人間を育てることが仕事だ。」と、秋元社長は語る。
要は自分たちが選んだ管理者だから、納得がいく。納得がいくから、仕事に不満はない。それが大切だ。
オープンな経営スタイル
当社には、「社長の査定」というものがある。社長の考え方や行動、経営方針等について約三十項目、全社員が評価するもので、春と秋と年2回行う。
この集計を基に、経営方針の理解度、ブレの程度、自身の振り返りに活用しているという。この集計結果も、またオープンである。取締役は秋元社長を入れて4名いるが、会議をわざわざ開いて決めることはない。必要があればその場で話をして決めている。また、部門長(CL)の10名と取締役が集まって重要事項を合議して決めている。
秋元社長は、常に現場を回り、笑顔で、冗談まじりに社員に声をかける。「みんなが仲良く、楽しく働ける会社を作りたいとおもっている。それが一番だ。探求する心、ものづくりをしている人はいい顔をしている。良い仕事、いい顔、これを実現する会社を作りたい。自分は、忙しいと思ったことはない。仕事は楽しいと思ってやるのが大事だ。」 秋元社長の経営スタイルが部下からも支持され、その成果が数字となって表れている。
当社が掲げるビジョンは「日本一の職能集団づくり」である。昭和55年同時、大工は全国に95万人いたが、平成17年は58万人と、わずか15年間で37万人も減少した。年間約2万人強の減少である。さらに、10年後の平成27年には38万人に減少するという。現在の大工の齢構成は、60歳代が最も多く、次が70歳代で、あと10年もしないうちに在来工法で家を建てることが難しくなり、相当高価なものとなる。当然、木の文化が失われ山は荒廃し、社会問題にまで発展する。
現在、国内で大工を一から育てている建設会社は、当社だけだという。つまり、今後の大工の減少傾向の中で、大工を内製化するというビジネスモデルがますます強みを発揮していくのは間違いない。1年に全社員の十%位しか採用できない。それ以上を集めると、「職能集団」の文化が台無しになってしまうという。「大工は簡単に育成できない。時間がかかる。人材育成は、急いではダメだ。」そう語る秋元社長の言葉には自信がこもっていた。
「どれだけ儲けたかとか、キャッシュフローがどうだかではなく、もっと、ものづくりに対する理解をして欲しい。概して、ソフトとかデザインとか、そういった「目に見えないもの」を評価する力が乏しいのではないか。」
自ら職能集団を作り上げた実績から、人づくり、組織づくりの難しさを体験しており、企業評価における非財務面の重要性を語っていた。